新春 巻頭言

舌のもつれた巨漢からの卒業を!」

当会特別顧問 元ケニア大使
宮 村  智

 ICT海外ボランティア会の皆様、新年明けましておめでとうございます。
年頭にあたり、皆様とご家族のご健康とご多幸、そしてICT海外ボランティア会の益々のご発展を心からお祈りいたします。 どうか本年もよろしくお願いいたします。

WS000322 私は昨年11月にヒマラヤ観光のためネパールに行きました。その首都カトマンズでSVとして活躍中である当会幹事の鈴木弘道さんにお会いし、名所見物や買い物でお世話になりました。その際に、SVの仕事についてお伺いすると、「コンピューターやICTに関する専門知識で困ることはないが、英語では苦労している」との返事が返って来ました。これを聞いて、私と同様、鈴木さんも役に立たない日本の英語教育の犠牲者であると感じました。

 ネパールから帰国して1ヶ月近く経った12月13日、文部科学省が「グローバル化に対応した英語教育改革実施計画」を発表しました。私はこれを読んで、鈴木さんとの会話を思い出すとともに、計画の内容に触発されて、日本の英語教育についての私の考えを皆様と共有できればと思うようになりました。そして、この拙文を綴ることにした次第です。

【日本の英語教育の問題点】

 日本の英語教育の最大の問題点は、学生が英語でコミュニケーション(意思疎通)できるようにするという英語教育の目的をほとんど達成できていないことである。私は中学・高校・大学で合計8年間、英語の教育を受けた。にもかかわらず、1969年の大学卒業時に英語で意思疎通できる自信は全く無かった。同世代の友人も、英語会話部(ESS)に属していたとか英会話学校に通っていたとかいう者を除けば、大半は私と同様、英語をしゃべれなかった。その後、英語教育は相当改善されたようだが、現在でも大学卒業時に英語で自由に意思疎通できる日本の若者の数は限られているようだ。

 TOEFL iBTという英語能力を総合的に測定でき、国際比較も可能な試験がある。その2012年の国別平均点を見ると、日本は120点満点中70点で、アジア30カ国中28位、世界162カ国中138位という国辱的な成績に甘んじている。要するに、日本の英語教育は大学卒業までに8年間もの年月をかけ、多大の教育予算を使っているにもかかわらず、英語によるコミュニケーション向上という目的達成にほとんど役立っていないのである。

 こうした悲惨な状況にあるにもかかわらず、教育関係者の間には、お粗末な英語教育を真摯に反省し、抜本的な改革・改善を図ろうとする動きはあまりなかったように思う。あったにしても、目に見える成果を挙げていないので、努力不足と言われてもやむをえないであろう。

 日本語は世界の言語体系から見ると孤立しているに近い特異な言語で、英語との乖離も大きい。このため、日本人が英語を習得WS000323するには他国民よりも遥かに大きな努力を要するが、それに加えて日本の英語教育がお粗末であったため、日本と外国との間には以前から大きな言語的障壁が存在した。かつてライシャワー元駐日大使はそうした状況を「日本は外国人には『舌のもつれた巨漢』と映じており、対外関係で大きなマイナスを被ってきた」と記述した(注)。今後、急速にグローバル化が進展し、モノ・カネ・ヒトの国際的交流がより活発となり経済の相互依存関係が強化される状況下、言語的障壁を低くしないと、対外関係での損失は一層増大する恐れがある。早急に英語教育を改革し、「舌のもつれた巨漢」から卒業することが喫緊の課題となっていると言えよう。

(注)E.O.ライシャワー著 国広正雄訳 「ザ・ジャパニーズ」(文芸春秋社1979) P399参照。


【英語教育改革実施計画の概要と評価】

 昨年12月13日、文部科学省は「グローバル化に対応した英語教育改革実施計画」を発表した。この計画はグローバル化に対応した教育環境づくりを進めるため、小・中・高等学校を通じた英語教育全体の抜本的充実を図ろうとするものであり、そのポイントは次のとおりである。

○新たな英語教育の在り方
・小学校3-4年時に活動型の授業を週1~2コマ実施(現在の小5-6年の活動の前倒し)し、5-6年時に教科型の授業を週3コマと15分間のモジュール授業を毎日実施する。
・中学校や高等学校における授業を英語で行う。

○新たな英語教育の在り方実現のための指導体制整備と今後のスケジュール
・小中高等学校に英語教育推進リーダーを配置することとし、リーダーの養成研修を行う。
・中高の全英語教員について、英検準1級、TOEFL iBT80点程度以上の英語力を確保する。
・外国語指導助手(ALT)、地域の英語力を有する人材など、外部人材の活用を促進する。
・大学入試においても英検、TOEFL等の外部検定試験を活用し、普及・拡大を図る。
・2014年から逐次改革を推進し、東京五輪開催に合わせて2020年度から全面実施する。

ネットでこの計画に対する反応を調べてみると、教育関係者の間には否定的な反応が多いようであるが、私自身はこの計画を大いに評価し、期待もしている。特に、①英語教育の開始を小5から小3に前倒ししたこと、②聞き取りや発音を毎日練習するモジュール授業を取り入れたこと、③英語教員の再訓練に本格的に取組み、教員の英語力達成の目処を示したこと、④外部人材の活用促進を進めようとしていること、⑤大学入試において英検・TOEFL等の活用の普及・拡大を図ろうとしていること、などを高く評価している。ただし、私自身の経験や見聞を踏まえた注文や提案もあるので、次にそれらを記すことにしたい。


【英語教育改革実施計画に対する私の注文と提案】

最初に、本計画の成否を左右する指導体制の整備について、次の3つの注文を付けたい。
① 語教育推進リーダーや英語教員、特にリーダーにはTEFLの学位の取得を義務付ける.
② 再訓練しても目標とする英語力を習得できない日本人の英語教員は別の教員に代える
③ リーダー、教員とも英検等で合格点に達する日本人がいなければ、外国人に代える。

 TEFLというのはTeaching English as a Foreign Languageの頭字語で、英語が母国語でない生徒に英語を教える技術や方法を理論的に学ぶ米国等の大学の科目である。TEFLの学位は英語が母国語でない生徒に英語を教えるプロであることを証明する資格と言える。日本の英語教員の大半は英文科卒業者であると思うが、英文学に詳しくても日本の生徒に英語を教えるのが上手であるという保証はない。それ故、リーダーにTEFLの学位取得を義務付けることを真剣に検討してほしいと思う。
②は十分な英語力もないのに向上を怠るような古手の英語教員は若くてやる気のある教員に代わってもらう、③はリーダーも教員も日本人に拘る必要はない、との意味であり、これによって、生徒の英語力向上という成果を挙げられる真に効果的な指導体制を作ってほしい。

WS000324 第2に、大学入試においては英検・TOEFLの活用の普及・拡大を図るとされているが、それ加えて、大学独自の入試を行う場合は暗号解読のような難解な英文和訳や罠だらけの文法問題を出題しないように強く大学を指導してほしい。これは私の留学や国際機関勤務経験に基づく注文である。そこで私が痛感したのは、我々日本人は欧米人と比べて読み書きの速度が格段に遅いことである。勉強、仕事、日常生活のいずれにおいても、普通の英文を速く正確に読めることが極めて重要である。英語教育においても暗号解読のような英文和訳に時間を費やすことは止め、平易な英語を速く正確に読める訓練に力を注いでほしい。
第3は、小学校1年生から活動型の授業を始める実験校を設けてはどうかという提案である。日本の教育関係者の間には「日本語も十分に身に付いていないのに、英語を学ぶと混乱する」という理由で小学校低学年から英語を教えることに反対する意見が強い。私は大使を務めたケニアでの見聞から、それは根拠のない俗説と思うようになった。ケニアの人々は小学校入学前は所属する部族の言葉しか知らないが、小1から公用語であるスワヒリ語(東アフリカの共通語)と英語の勉強を始め、最終的に多くの国民が3つの言語を不自由なく話せるようになっていたからである。子供の脳のキャパシティは大人が考えるより遥かに大きいようで、こうしたやり方でケニアの子供たちが混乱したという話は聞いたことがなかった。鈴木さんにお伺いしたところ、沢山の部族があるネパールも同様で、部族語しか知らなかった子供たちが小1からネパール語と英語を学び始めるが、特に混乱が生じているという話は聞かないとのことであった。

 私見では、日本語のような特異で、とりわけ音声的に単純な言語(ポリネシア語に次いで単純らしい)を母国語とする日本人は日本語にはない英語の母音や子音の発音を身に付けるためには、小1から英語教育を開始する方が有利で効果的と考える。その点を実験校で検証・確認できれば、将来的には全国的に小1から活動型の授業を始めることとしてはどうか。
最後に、「舌のもつれた巨漢から卒業する」という日本の未来にとって極めて重要な目標を確実に達成するためには、教育関係者だけでなく、生徒や両親、更には就職先となる企業や組織の理解や協力が不可欠と考える。目標達成のため、日本政府がこの計画の周知徹底に努め、断固とした決意で計画を着実に実施していくよう強く注文しておきたい。

【終わりに】

 私は三重県の片田舎で生まれ育ったせいか、好奇心が旺盛で、いつか海外で生活したいという夢を抱いていた。にもかかわらず、若い時に英語力を鍛えるといった努力はほとんどしなかった。そんな私にも、大蔵省に入って7年目に米国留学の機会が与えられ、その後、ワシントンの世界銀行、パリのOECD代表部、ケニアの日本大使館で勤務もした。海外に行った当初は、聞けず話せないだけでなく、読み書きもスピードが遅すぎることが分かり、日本の英語教育が実用性に欠けることを痛感した。そうした恨み辛みのためか、英語教育の改革には個人的な思い入れがあり、巻頭言にしては随分と長いものになってしまった。この点をお詫びするとともに、最後までお付き合いいただいた皆様に感謝申し上げたい。

 最後に、拙文の内容との関係は薄いが、拙文を記すきっかけとなったネパール旅行の写真を3枚、添付した。最初は鈴木さん(左)と私、次は世界の最高峰エヴェレスト(中央の山)、最後はマッターホルンとよく似た霊峰マチャプチャレをバックにした私の写真である。(了)

 

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