ソフトウエア雑感(再考 ソフトウエアの重要性)

ICT海外ボランティア会顧問  石井 孝


( 第18回海外情報談話会は9月18日、JTEC会議室で開催されました。本文はその講演の内容を講演者石井 孝氏にご寄稿いただいたものです。事務局)

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はじめに

 民営化30年を振り返ってみると、様々な事が頭を過ぎる。その中でも最後の仕事となったソフトウエアについては強烈な想い出が脳裏に焼き付いて離れない。

 トップの先見性と決断の重要性、電々社員の底力の再認識、手を汚し額に汗して得るものの尊さ等、一味も二味も違った経験を現役最後の短期間の中にさせて貰った。これ等について反芻しつつ、次のNTTの30年への期待を述べてみたい。

1.ソフトウエアとの出会い

(1)真藤社長の決断

 民営化以前のNTTは全国一社の独占体制による電話を中心にした設備サービス産業で、電話交換機を中心にしたネットワークが事業を支える基本的なインフラであった。しかし、ネットワークの中枢を司る交換機は、当時ファミリーメーカーと言われたNEC、富士通、日立、沖の4社にハード、ソフト共、全面的に依存していたため、システムダウンが発生するとメーカーの技術者が現地に赴いて修復にあたるといった状況にあった。

 初代社長真藤氏は、競争を控えた民営化NTTがこのような状態にある事を大変憂慮し、事業の根幹を支える交換機のソフトウエアについては自社で内製出来る部隊を創設することを決断した。
我々にその任が与えられたわけであるが、全員全てが、いわば素人で、先が皆目見えない無謀ともいえるスタートとなった。社内は勿論であるが、社外の人たちも、「気でも狂ったか」と陰口を叩く有様であった。

 この仕事がスタートした1985年といえば、マイクロソフトもインテルも影も形も見えない頃である。この時期に、先々、真藤氏はこれらに相当するハード、ソフト両方の生産部隊をNTTの輪の中に創ろうと意図した事が後で分かった。ハードについては現在のNEL、これに対するソフトの組み込みは我々の部隊を充てることを目論んでいたのである。

(2)副産物が大事

 我々の内製部隊は、文字通り血の滲む労苦の甲斐あって、5年で所期のゴールである全交換機のソフトウエア内製体制を確立した。この間の様子は「日経コンピュータ」の2005年1/10号に「伝説のプロジェクト」として正確に紹介されているので省略する。

 此処では、内製体制を創り上げる過程で已むに已まれず行った事の中に意外な副産物を得ることが出来た二つの点について触れておく。

(システムの集中メンテナンス体制)

 素人集団とは言え、製造業を目指すわけであるから、当初より製品(アウトプット)に関する品質、生産コスト、納期ついては管理・コントロール出来る仕組みは創った。この仕組みの中で製品(アウトプット)をチェックした上で出荷するのであるが、完全無欠なソフトなどは出来るものではない。特に素人が作ったものであるから、いくら丁寧なテストを行ったとは言え、上手く動いてくれるか心配で中々安眠もできない。

 そこで、全国の交換機全てに対して五反田のセンターから直接アクセスし、遠隔で交換機の監視と制御が出来る仕組みを創った。これにより何か問題が発生した場合は、即座に遠隔修理し、トラブルの拡大を未然に防いだ。

 実は、このシステムは次に述べるような副次効果がより大きかったのである。

 公社時代の設備設置局(電話局)単位の保守体制においては、数万人の保守要員が必要であった。遠隔完全集中体制では、たった数十人で済み、且つ質の高い保守が可能となる。この仕掛けがあったればこそ、電話局の無人化がスムーズに進行し、職員の有効活用などによって、民営化移行に貢献したものと思っている。

 なお、この革命的体制があまり大きな波風も立たずに実行され、定着した裏には労働組合側幹部の時代を読んだ常識的な判断と、会社側労務担当の熱い想いと努力があった事を記しておかねばなるまい。

(IPネットワークによるソフト分散開発体制)

 規模の大きなソフトウエアを開発する体制を整えようとすると、どうしても多数の人員が必要となる。大量の開発要員を首都圏に集中することは困難であり、また大変不経済でもある。このため地方拠点に分散して人を集め、全体として協同で、共通する仕事が出来るよう、各拠点が連動して作業する仕組みを作る必要がある。

 このため、当時(1980年代)としては新しいTCP/IPプロトコルが埋め込まれたSUNのワークステイションを各拠点に設置し、共同作業が出来る仕掛けと仕事の仕組みを、すべて職員達が自力で創り上げた。これは、今風に言えば、インターネットを利用したグループウエアシステムの他ならない。

 IP網を利用した分散開発体制を使ってみると、インターネットの威力と限りない可能性を直感した。次世代通信網の鍵はこの辺りにあると確信し、研究所に対し、既存交換機の延長線上にある次期ノード開発に疑義を唱え、コンピュータネットワーク寄りに研究目標をシフトすべきであると、幾度となく提唱した。

しかし、顧みられることは全くなかった。

 実用化研究というものは、事業遂行(実務)の中で自ら手を汚し、必要に迫られたものの中に研究テーマが存在するのである。

 以上二つの副産物は、実務の中で苦し紛れに、已むに已まれず生み出したものである。トヨタの看板方式もこの類ではないかと思う。また、グーグルなどが画期的な製品を続々と生み出しているが、主製品を生み出しリファインする過程で副産物が生まれ、この副産物から更に次の副産物を生むと云った繰り返しが行われているのではないかと思う。

 苦心惨憺して創り上げた内製化部隊(組織)其のものは何時の間にか姿を消し、影も容も無くなってしまった。しかし、上記の副産物だけは生き残るどころか、我が世の春を謳歌しているのである。

2.ソフトウエアというモノ

 ソフトウエアの内製化に携わり、否応なしにソフトというモノの特徴を知るところとなった。ソフトウエアの特質につて(嘗て自分もそうであったが)多くの人が理解していない。ソフトの専門家と自称する者ですら、分かっていないのではないかと思われる人を見受ける。

 これから、ソフトゥエアの重要性の話を進めて行く上で、ソフトウエアに対する基本的認識を明らかにして置く。

(1)完全な人工論理

 ソフトの性質はハードと対比すると良く分かる。ハードの場合は、基本的に神が創造した物質との関わりが不可欠である所為か、既成の物性論などでは説明の出来ない不思議な現象を製造過程に応用するとか、工作面では神業などといわれる職人芸が必要となる場合が多々ある。このため、「ものづくり」を極めるためには相当の時間と経験の積み重ねが必要である。

 これに対しソフトは、全てが人工的論理の組み合わせで、不思議などとは全く対極する世界である。やる気さえあれば、紙と鉛筆(最近はパソコン)さえあれば、出来形の良し悪しは別とすれば、誰でもすぐ書くことが出来る。

 また、ソフト開発の基本ツールであるコンピュータや開発技法は年々進歩し、勉強さえすれば誰にでも利用出来る。後発者はその気さえあれば、先発者より新しい道具立てをしがらみが無いのでフルに活用出来る。後発者優先のメリットすらある。

 素人集団でありながら、我々が早期に立ち上がった事実、インドや中国のソフト産業が瞬く間に成長、発展を遂げている現状は、以上を如実に物語っている。

(2)全ては人次第

 ソフトウエア開発は、「ものづくり」の場合の設計作業にあたる。これによって何か新たな価値が創造されるか、新たな機能などが付加されなければ設計の意味はない。その出来映えは、従事した人のセンスとモチベーションに全てが懸かってくる。一口に言えば、「全てやる気次第」ということになる。

 ソフトウエア開発の成否は、従事する人次第という面が非常に強いわけで、従事者の躾、処遇、教育更にはメンタルケアーなどといったファクターが生産性に極めて大きな影響を及ぼす。こうした観点から次の2点が極めて大事である。

(やり甲斐を共有出来る職場)

 職場は、風通しが良く、職員個々は自由闊達に意見交換をし合い、常に向上意欲が持続されるよう、リーダーは指揮・統率しなければならない。

(技術、ノウハウが組織に蓄積し成長出来る仕組み)

 職員個々人の経験や成果が組織を成長させ、成長した組織が職員の成長を助ける。職員と組織が相互に交絡を重ねながら発展を遂げられるような仕組みを構築しなければならない。

 極言すれば、ソフトウエア開発の生産性は従事する人のやる気で左右される。現代に残された極めて前近代的な労働集約的産業と解釈すべきではなかろうか。

(3)ソフトウエアは生き続ける

 一度ソフトウエアが装置やビジネスのシステムの中に組み込まれると、そのシステムが存在する限りソフトウエアは成長を重ねながら生き続ける。例えば、銀行におけるコンピュータシステムを考えれば一目瞭然で、当初一部門に導入されたソフトウエアは順次全部門に広がり、更には、取引先をカバーしたトータルなソフトウエアシステムへと成長し、事業運営の全てが完全にソフトウエアに依存するようになる。

 ソフトウエアシステムの場合、最初の開発はほんの始まりで、それを如何に育て維持管理して行くかが、実は大問題である。

 年金システムの問題、銀行システムのシステムダウンなどは、システムが増殖して行く過程において維持管理上で何等かの齟齬が生じ、これに起因しているものと考えて、先ず間違いない。

3.ソフトウエアを取り巻く状況

 長い間、ソフトウエアは重要だ、大事だと叫ばれながら、如何してソフト産業が「成長戦略」にも盛り込まれず、何時まで経っても日陰の身にあまんじっているのであろうか。

 銀行システムのような経営システムにせよ、自動車のような(システム)製品にしても、昨今のシステムと称されるモノの殆んど全てがコンピュータ化(ソフトウエア化)されているのが現実で、その傾向は益々顕著になりつつある。

 会社経営や商品(製品)の裏には不即不離の状態でソフトウエアが貼りつき、このソフトこそが競争力の原動力になっていると考えられる。であるから、このソフトウエアを他人に任せるなどは、本来、以ての外で、これこそが会社の貴重な資産・財産で、これを大事に育て行かなければならぬ事は極めて当たり前と言うべきである。揺るぎない経営力を誇っている企業や、傑出した商品を世に出している会社は自社の輪の中に強力なソフト部隊を持って居る。

 コンピュータ化(ソフトウエア化)という、世の中の大きな流れの中で現行のソフトベンダー会社の仕事は、さし向きは、尽きないとは思うが、以上のような事を縷々考えてみると、これ等のソフト(産)業は基幹産業にはなり得ないのではなかろうか。

 事業を経営する責任者(トップ)はこの辺りの事情を十分わきまえて、21世紀の事業経営に臨むべきである。

 さはさりながら、ソフトウエアを取り巻く現況に就いてレビューして置く事にする。

(1)ソフトウエアを利用する側の状況

 ソフトウエアの本質に対する理解が不十分であるため、コストをかけず高い機能を要求して新規開発を失敗した例であるとか、レガシーシステムの更改を引き延ばし、かえってそのメンテナンスに法外な費用を掛けているケースなど大変始末の悪い事態を見受ける。

 一方、これからは、物事全てが何らかの形でコンピュータシステムに依存せざるを得ない事を認識し。企業の生き残りをかけ、自社のソフトウエア戦略を改めて練り直し、システム開発のイニシアティブを自らとるよう試みる企業も増えつつある。

(2)ソフトウエアを供給する側の問題

 わが国のソフト開発業は、概ね建設業界に類似した多層的な下請け構造を採り、人材供給は派遣に拠っている。作業者の労務単金を抑えトータルコストの低減を狙っている訳であるが、成功しているとは言い難い。

 多層化により、発注者から作業者までの距離が遠くなるため両者間の情報交換が難しく、全体を通したマネージメントも不可能に近い状態に陥る。当然のことながら開発はうまく行かず、やり直しや、動かないコンピュータシステムが往行する。総じて、ソフトウエア開発の現状は、生産性が極めて低く、高コストになっていると言わざるを得ない。

 また、開発作業が派遣社員によって行われるため、開発を通して得られる技術成果やノウハウが個々の作業者のものになり、発注した会社や、受注したソフト会社には組織的に蓄積されない。これによる弊害の中で大きな問題は、人材流動が激しいため開発担当者が何時の間にか所在不明になって、システムメンテナンスがピンチに陥ることである。

 最近はオフショアーと称し、案件を一括して外国会社に委託する形態が主流となって来ている。最近は外国各社の技術レベルが向上し、人件費が割安のため、初期開発に関しては成功しているケースが多い。しかし、長スパンのソフトライフサイクル全般に亘って如何なるかについては、歴史も浅く今のところ何とも言えない。

 また、システム開発を通して発注会社の機密情報が外国にオープンになる等、セキュリティー上も重大な問題があることを考えると、発注するシステムに自ずと限界があるのではないかと思慮される。

4.結びWS000185

(1)21世紀の通信網

 情報化社会への動きは、通信網の発達と普及がリードし、これにコンピュータ化されたビジネス装置が通信網に結合してネットワーク全体のポテンシャルを高めて来た。

 しかし、ここに来てあらゆる生活関連用品などにマイクロコンピュータが入り込み、これがネットワークに組込まれ、IP化されたネットワークシステムが社会活動の土台を形成する形勢にある。IOTなどはネットワークの一つの究極の姿かもしれない。

 何れにせよ、21世紀の社会はコンピュータネットワークによって機能し、コンピュータネットワークを通して新たなカルチャーが創造される時代といえよう。

(2)通信事業を営む企業として

 前世紀、電話網は、重要な社会インフラであったが、同時に通信網とそこを流れる情報が一体となった電話という便利なサービス商品でもあった。

 今世紀における情報通信は、通信網とその上を流通する情報が、お互いが独立し自由に発展成長出来る仕組みを構築する必要がある。換言すれば、通信網はあらゆる形態の情報に対して普遍的プラットホームとし機能する必要がある。

 同時に、ユーザーの要望如何によっては、流通する情報に積極的に関わり、機密保護等といった付加サービスを提供する必要もあろう。

 既存網をこのような通信網に構築し直す必要がある。こうしたネットワークのリフォームを行うためには、高度なソフトウエア技術が必須であることは多言を要しない。

 事業の中核に自前で通信網を自由にハンドリング出来るソフトウエア技術に精通した精鋭部隊を持つ  必要がある。

 真藤氏の先見の明から誕生した通信ソフトの内製部隊は何時の間にか姿を消したが、NTTがソフトウエア開発の潜在能力を有することは実証された。

 世界を眺めると、グーグル、マイクロソフト、アマゾンなどは別格として、今や、シーメンス、ボッシュ、GE更にサムソンあたりまでがソフトウエアカンパニーと自称するに至っている。GEはIOT関連の30兆円を投資するとも聞き及ぶ。

 グローバルなIT企業として飛躍を期すNTTこそ、真のソフトウエアカンパニーとして、次の30年に向け船出して欲しいと念願する。

(3)途上国支援とソフトウエア

 最後に、JICAの短期派遣でアルゼンチンのサンタフェ州ロサリオ市に赴き、同国におけるIT(ソフトウエア)産業振興について相談に預かった経験を基に、表記の件についてコメントする。

 当時 (2002年) のアルゼンチンは経済危機の最中にあり、IT産業を含め、産業全般にわたって、その振興、育成については、極めて容易でない状況下にあった。

 しかしながら、IT産業については、他の分野に比べると比較的恵まれた状況にあり、ソフト開発に関しては、着実な歩みを見せて居り、教育水準等を考えると、かなりのポテンシャルを有して居り、将来性が期待出来るように思えた。

 こうした中で、各種行政サービスのコンピュータ化は、国民総背番号制を採っているにも拘わらず、殆ど手付かずの状態にあった。行政コストの改善と、IT産業の振興を考え併せると、各種ナショナルサービスのコンピュータ化が必須且つ最適なテーマと考えた。

 そこで、政府(州)、大学(ロサリオ国立大学)、IT企業代表を集め、三者でコンソーシアムのようなものを創り、3項で述べたソフトウエアの特性に鑑み、政府直属のソフトウエア開発・維持・管理を行う機関の設立を早急に検討するよう要請した。

 多かれ、少なかれ中進的途上国は同様の状況にあるものと推察される。NTTのような所が、こうした国々に対し、ペーパーワークだけでなく、具体的な作業に踏み込んだ支援・協力出来れば大変望ましい事ではないかと思う。この為にも、先に指摘したソフトウエア技術に精通した精鋭部隊は必要である。

 

 

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