所変われば品変わる

平成23年3月31日

本会特別顧問
元ケニア大使
宮村 智

 最初に、このたびの東日本大震災でお亡くなりになった方々に謹んで哀悼の意を表するとともに、被災された皆様に心からお見舞いを申し上げたい。大地震の発生から今日で20日が経過したものの、今なお行方不明者が1万6千人以上を数え、福島原発の問題も解決していない状況を勘案すると依然として大震災が続いているというべきかもしれない。そうした時期に寄稿するにはいささかノーテンキなエッセイかもしれないが、(後ろ倒しされる前の原稿締切りを睨んで)大震災前から書き始めていたものであり、ご理解賜りたい。

 

「所(ところ)変われば、品(しな)変わる」という諺がある。この諺は「土地が違えば、風俗習慣が違うこと」を言い表したものである。海外で生活をすると、この諺どおりの体験をすることがよくある。大方のSV経験者も赴任先で日本とは異なった風俗習慣やものの考え方に接し、驚いたり、感動したり、さらには一大発見をした気分に浸ったりした体験をお持ちではないかと思う。こうした体験はしばしばその人の世界観やその後の生き方を変えることがある。また、いわゆる国際感覚もこうした体験を通じて磨かれよう。

本稿では、こうした体験を「所変われば品変わる体験」、略して「所変体験」と名付け、私自身の海外生活におけるいくつか所変体験を紹介したい。SV経験者にはご自身の体験と照らしつつ気軽にお読みいただき、SV志願者には海外生活にはこうした楽しいサプライズも待っていることも知って、SV生活への関心をより高めていただければ幸いである。

(米国での体験)

私は1977年夏から3年間、米国で初めての海外生活を送った。最初の所変体験と言えるのは、米国に着いた翌日、街で中年の白人男性に道を尋ねられたことであった。「えーえ、なぜ日本人の私に道を訊くの?」とびっくりしたが、その後、3日も経たない内に、米国には白人だけでなく、黒人や日本人を含めたアジア系の人々も数多く住んでおり、私が道を訊かれたのも不思議ではないと理解した。要するに身をもって米国の多様性に触れて、外人に道を訊く日本人はいそうもない単一民族の国(注)、日本との相違を実感したわけである。米国では最初の1年間をロー・スクールの学生として過ごした。ロー・スクールでの所変体験は、学期の終了後に受講した講義の担当教授に対する評価を書いて提出するように求められたことであった。学生が教授を評価することは今や日本でも珍しくないかもしれないが、私には初めての経験で、とても新鮮なサプライズであった。

私生活では、米国の企業経営者の家庭に招かれた時にどぎまぎする所変体験をした。この企業経営者は本人も奥様も再婚であった。席に着くとすぐに家族の紹介が始まり、この夫妻は二人の間にできた子供のみならず、前の配偶者との間にできた子供についても、それぞれ得意そうに紹介し、ついには前の配偶者の人となりにまで話が及んだ。こうした時に、どう言えば良いか? どぎまぎするばかりで、ひたすら「そうですか」を繰り返したことを憶えている。

私は1977年からの3年間とその後1998年からの2年間を合わせて、計5年間の米国生活を送った。その間に、上記を含めた様々な所変体験をしたが、米国での体験は一般に「米国が日本に比して、多様で自由で、率直な国」であると感じさせるものが多かった。

(フランスでの体験)

1986年から3年間、フランスで2回目の海外生活を送った。多くの日本人同様、ワーカホリック(仕事中毒者)気味であった私にとってのフランスにおける最大の所変体験は、多くの仏人が「人生は楽しむためにある」という生き方を実践しているのを目の当たりにしたことだった。その具体例は休暇(ヴァカンス)の取り方で、フランスでは休暇を目一杯取るのは当たり前であり、働くのは休暇を楽しむためという考え方が一般的であった。フランスの暦を見ると、冬のスキー休暇、春のイースター休暇、夏休み、年末のクリスマスといったまとまった休暇を取りやすい時期が適度な間隔で並んでいる。仏人は休暇が終わるたびに、次の休暇をどう過ごすかを考えているようであった。私もフランス滞在中は仏人を見習ってよく休暇を取って方々に家族旅行に出掛け、良い思い出を作ることができた。もう一つの具体例は食事で、昼食はワインを飲みながら、たっぷり2時間かけて楽しんでいた。夕食は外食なら、早くても夜8時から開くレストランで、女性も交えて、食事とワインとおしゃべりを延々深夜まで楽しんでいた。

パリは職住近接の街と知ったのも所変体験であった。よく知られているように、きれいな街並みを維持するためにパリではビルの高さが制限されている。それに加えて、ビジネス街でも一定の住居スペースを確保しなければならないとの規制も課せられている。このため、週末でもビジネス街が無人の街と化すことはなく、広場で朝市が開かれ、それなりに人通りもあった。街の活気を維持するための賢明な方法であると感心したが、いつの間にか、同様の規制が東京でも導入されており、徐々に所変体験でなくなっているようである。

フランス人は合理的なのかケチなのか、判断に迷う所変体験があった。それはアパートやホテルの階段やトイレの電気が無人になると自動的に消えるシステムである。普段は真っ暗なので、最初は面喰うがすぐに慣れるし、節電効果は結構大きいのではないか。もしかしたら、仏人は近年のCO2削減キャンペーンを随分前から予見していたのかもしれない。

フランス滞在中に旅行した欧州の国々でも、様々な所変体験を味わった。欧州はさすがに長い歴史と伝統を誇る地域であり、大人の知恵の深さを感じさせる所変体験が多かった。

(ケニアでの体験)

2007年から3年間、東アフリカのケニアに住んだ。ケニアの所変体験として最初に紹介したいのは、ケニアでは「雨は吉兆」として歓迎されることである。これを教えてくれたのはノーベル平和賞受賞者のワンガリ・マータイさんである。彼女はある日本の財団が主催した植樹ツアーの式典で、朝から降り続く雨のためにうんざりしていた日本人の聴衆に対して、次のように語りかけた。「皆さん、日本から雨を持って来ていただいて、どうもありがとう。乾燥や旱魃に苦しめられるケニアにとって雨はとても大切で、豊かな恵みをもたらす吉兆なのです。」 この言葉を聞いて、日本からの参加者の顔がぱあーと明るくなったのは忘れられない。

次は、今なお遊牧民の伝統を守って暮らす誇り高いマサイ族と牛に関する所変体験、というより冗談のようなお話である。マサイ族は世の中の全ての牛は神様がマサイ族に与えた物であり、他の部族が所有している牛は全て昔マサイ族の手から奪われたものと信じている。従って、マサイ族以外の部族の牛を無断で持って行っても「盗んだ」のではなく、「本来の持ち主であるマサイ族の下に取り戻した」ことにほかならないと考える。このため、いつも他部族の牛所有農家と牛を巡る争いを起こしている。そうしたマサイ族にとっては神戸牛も松阪牛も本来はマサイ族の所有物になると聞いて、思わず笑い転げてしまった。

次は、経済援助の考え方に関する所変体験である。ある時、英国大使に対して、日本の対ケニア経済援助について説明する機会があり、「日本はケニアの自助努力を支援することを基本方針とし、時間はかかろうが、いつの日かケニアが日本に追い付いてくることを期待している」と述べた。

英国大使が理解困難という顔をしているので、では英国の対ケニア援助方針は何かと質し

たところ、「英国は貧しいケニアの人々を救うために援助しており、ケニアの自助努力に対する支援とか先進国に追い付く可能性などを考えたこともなかった」と答えた。これを聞いて、欧米の援助が「恵んでやる」という上から目線のものであることを再認識した。

ケニアは初めて住む開発途上国であり、しかも地理的にも歴史的にも遠いアフリカなので、さぞかし様々な所変体験が待っていであろうと期待を抱いて赴任した。しかし、ケニアの欧米化が進んでいたせいか、私が海外づれしてしまったせいか、実際はそうでもなかった。

(最後に)

思うに、海外における所変体験の最大の効用は「日本はどんな国であり、日本人はどんな国民か」を気付かせたり、考えさせたりする良い機会を与えてくれることではないだろうか。

日本に住んでいれば、ごく当たり前の風俗習慣や考え方が実は日本特有のものである場合も少なくない。結局、日本特有かどうかは海外と比較しなければ分からないと言えよう。

そうした観点から私の所変体験を振り返ると、日本が海外を見習うべきだと感じるものもあった。上記の例で言えば、米国での学生による教授の評価制度やフランスの職住近接促進策などである。また、当時の日本は休暇を取りにくかったので、日本にも「人生は楽しむためにある」という仏流の生き方を取り入れるべきだと感じた。

逆に、日本の考えを堅持すべきと思ったのは、自助努力を支援するという経済援助の基本方針である。自助努力を前提としない援助は、援助依存を高めるばかりで、所詮、持続可能でないからである。これからSVにいらっしゃる方には是非とも、こうした日本の経済援助の考え方を共有してほしいと思う。

教訓めいたことを述べたが、私自身は実のところ、所変体験は驚いたり、面白がったりし5て楽しめば十分で、無理に日本と海外の風俗習慣等を比較して、優劣を論じる必要はないとも思っている。「世界はいろいろである」ことを身を以って知ることはとても楽しいことだし、知識や心が豊かになるからである。私は今や64歳になり、将来、海外生活を送る可能性はもう無いであろうが、その代わりに少なくとも毎年1回以上は海外旅行に出掛けることにしており、旅行先で面白い所変体験に巡り会えればと願っている。拙文を最後までお読みいただいた会員の皆様におかれても、世界のどこかで楽しい所変体験をされるよう祈念する次第である。(以 上)

 

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